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東京地方裁判所 平成7年(ワ)23266号 判決 1997年7月10日

原告

株式会社甲

右代表者代表取締役

角田ふよ

右訴訟代理人弁護士

伊藤文夫

高野真人

遠藤晃

被告

乙リース株式会社

右代表者代表取締役

小林伸夫

右訴訟代理人弁護士

巻之内茂

竹村眞史

森博樹

主文

一  被告は、原告に対し、金二五〇二万五五〇〇円及びこれに対する平成六年七月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一ずつを原告及び被告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、金五〇〇五万一〇〇〇円及びこれに対する平成六年七月八日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告の勧誘により、節税効果を上げるために、少額の減価償却資産のリースバック取引による損金算入を企図し、被告との間で右資産について売買契約及びリース契約を締結した上、これに基づいて納税申告を行った原告が、予想に反し、税務当局から過少申告があったとして更正処分等を受けたため、被告に対し、債務不履行又は不法行為があったとして、原告が納付した過少申告加算税及び延滞税等の損害賠償を求めたという事案である。

一  争いのない事実など

1  原告は、鉄鋼・鉄鋼製品等の販売、加工等を業とする会社である。

被告は、機械類等の賃貸借、売買等を業とする会社であり、井部俊一(以下「井部」という)は、平成元年二月当時、被告の業務開発室室長代理の地位にあった従業員である。

2  井部は、平成元年二月初旬以降、原告会社を訪れ、原告の取締役角田和彦(以下「角田」という)らに対し、節税対策用のリース取引等の説明を行い、その中で、本件の少額の減価償却資産である電話回線自動選択アダプター及び関連機器(以下「本件リース物件」という)のリースバック取引を紹介した。

角田は、その際、井部から、原告が被告から本件リース物件を購入し、これを被告にリースし、被告がさらに訴外日本テレコム株式会社に転リースすること、原告はこれにより右物件の購入代金の支払を負担するが、被告からリース料を受領すること及び少額の減価償却資産については、税法上、その取得価額をその取得年度において全額損金として算入できることなどについて説明を受けた。

3  そこで、原告は、被告との間で、以下のとおり、被告から本件リース物件を購入する旨の売買契約とこれを被告にリースする旨の契約をそれぞれ締結した(以下の第一次ないし第三次リース取引を総称して「本件リース取引」という。その仕組みの概要は別図(省略)のとおりである)。

①平成元年三月一五日付け契約(以下「第一次リース取引」という)

商品

電話回線選択アダプターR88モデル2(三次電機株式会社製)七五五〇台

売買代金

一億五一三三万五〇〇〇円(一括払い)

リース期間 七二か月

リース料 一三七九万円ずつ六か月ごとに一二回払い

②同年九月一五日付け契約(以下「第二次リース取引」という)

商品 電話回線選択アダプターL4(松下電器産業株式会社製)二五〇〇台

売買代金

一億八三〇八万二五〇〇円(消費税込)(一括払い)

リース期間 七二か月

リース料

一六七三万八五三〇円(消費税込)ずつ六か月ごとに一二回払い

③平成二年三月一五日付け契約(以下「第三次リース取引」という)

商品

電話回線自動選択アダプタールート88 L4(松下電器産業株式会社製)

七五〇台

同ルート88L8(右同社製)二〇〇〇台

売買代金

二億六一一一万四三八一円(消費税込)

(割賦払い)

リース期間 七二か月

リース料

二二五〇万五五〇〇円(消費税込)ずつ六か月ごとに一二回払い

4  原告は、その後、別紙「納税申告・更正処分一覧表」記載のとおり、平成元年三月期及び平成二年三月期分につき、それぞれ納税申告を行ったが、本所税務署長から、平成二年一二月二五日付けで、同表記載のとおり、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下これらを「本件更正処分等」という)を受けた。

なお、原告は、平成元年三月期の申告に当たっては第一次リース取引による取得価額を、平成二年三月期の申告に当たっては第二次及び第三次リース取引による各取得価額を、それぞれ全額損金として計上する経理処理をした(<証拠略>)。

5  本件更正処分等の理由の要旨は、本件リース取引は、その経済的実質からみて、単に損金の先出しを目的にした不自然・不合理な取引であり、税務上は本件リース物件の譲渡がなかったものとして取り扱うべきであるとするものであった。

6  原告は、右処分に対する不服申立てについて協力するとの被告の申入れに基づき、平成三年二月二二日、東京国税不服審判所に対して審査請求を行ったが(<証拠略>)、同審判所長は、平成六年四月八日、原処分を正当として右審査請求を棄却した。

7  原告は、その間、別紙「加算税等納税一覧表」記載のとおり、法人税の過少申告加算税及び延滞税と地方税の延滞金等合計五〇〇五万一〇〇〇円を納付した。

8  原告は、平成六年七月七日、被告に対し、原告が支払った右税金相当額等を含めて損害賠償を請求した(<証拠略>)。

二  争点

1  被告の債務不履行責任又は不法行為責任の有無

(原告の主張)

(一) 原告は、本件リース取引を行うまで税務面で格別のトラブルを起こすことなく真面目に事業を行ってきたが、被告及び井部から、税務上問題なく節税効果を上げることができるとの説明を受け、これを信じて右取引を行うに至ったのである。ところが、原告は、右取引に基づいて納税申告を行った結果、本件更正処分等を受けたのであり、被告及び井部は、次のとおり、節税目的のための取引を勧誘する者として要求される契約上ないし信義則上の債務ないし注意義務に違反したものといわなければならない。

(二) 被告及び井部は、原告に対し、本件リース取引により節税効果が生ずることを説明して勧誘するに当たり、現実に節税効果の得られる契約内容を設定した上で勧誘すべきことはもちろん、原告が右取引に基づいて行う納税申告の内容が税務当局によって否認され、不利益な課税処分を受けることがないようにすべき債務ないし注意義務を負っていたものである。

そのために、被告及び井部においては、事前に、税務当局に対し、右取引が税務否認されるか否かについて照会した上で、文書による正式な見解を得ておくか、それが困難である場合には、原告を勧誘するに当たっては、課税面での危険性を十分に説明し、慎重な判断ができるようにすべきであった。

それにもかかわらず、被告及び井部は、そのようなことを全く怠り、かえって、原告に対し、税務当局に対して書面による説明をして税務当局のお墨付きを得ており、これまでに問題となった事例はないなどと述べて、右取引に税務否認の危険性はないものと信じさせたのである。

(三) しかも、被告は、原告から事前に決算書の提出を得ており、原告の企業規模、業績や利益等を十分に把握できたにもかかわらず、原告に対し、単年度の損金算入をすれば当該年度における利益が殆どなくなるような多額の取引を継続させたのであり、本件リース取引の危険性を全く看過していたものというほかなく、原告ないし角田に対し、右取引について税務否認の危険性のあることを事前に説明したとする被告の主張は虚偽である。

(四) 以上によれば、被告は、債務不履行責任ないし井部の使用者としての不法行為責任を免れない。

(被告の主張)

(一) 井部は、当初、角田らに対し、節税対策要のリース取引として航空機等のレバレッジド・リースの説明や、被告の取り扱うリース取引の概要等を説明したが、その際には、これら取引における税務否認の可能性及び税務否認された場合の責任の所在等につき、次のとおり説明した。すなわち、井部は、①被告の取引先から、同種取引について税務否認されたという連絡は受けていない、②ある取引先から、税務調査の際、取引の目的が税の繰り延べにあるのではないかとの話が出たケースがある、③将来的に税務否認されないという保証はない、④リースバックを含む各取引について、流れ全体を個々の対象物件ごとに税務当局に確認してはいない、⑤被告では、これらリース取引の内容が昭和五三年及び昭和六三年の税務通達に抵触するものとは考えていないが、被告は税務当局でないので、断定的なことはいえない、⑥税務上の問題は、申告を行う各法人の広範かつ固有の経済活動を対象とするものであるから、被告としては、事柄の性質上関与できない、⑦原告の顧問税理士とよく相談してもらいたい、⑧原告の所轄税務署と事前に相談して、問題点の有無を確認してもらいたい、⑨原告が損金処理をして、税務否認されたとしても、被告は、原告に生ずる損失や費用をどのような形でも負担できない、ことを話した。

また、井部は、本件の少額の減価償却資産のリースバック取引についても、その仕組みを説明するとともに、単年度償却であるため、税務当局から、より厳しく調査される傾向のあること等を指摘した。

(二) そうした後に、原告は、自らの判断と責任により、本件リース取引に基づく節税対策を選んだのであり、また、右物件の取得価額総額は二億円程度にしたいと申し出たため、本件リース取引が行われることになったのであって、原告においては、本件リース物件によるリースバック取引の仕組みや税務否認のリスク、税務否認された場合の損失の自己負担等を十分理解していたものである。したがって、被告及び井部には何ら責任はない。

2  原告の損害額の算定

(原告の主張)

(一) 原告は、本件リース取引を行うことさえしなければ、各決算期ごとに適切な納税申告を行ったはずであり、そうすれば、別紙「加算税等納税一覧表」記載の税金の納付を余儀なくされることもなかったのであるから、被告は、前記債務不履行責任又は不法行為責任に基づき、原告に対し、右納付におおる税金相当額を損害賠償すべきである。

(二) 被告の過失相殺の主張は争う。

(三) 被告は、延滞税等については、原告が延滞税等相当額の金員を手元に資金留保し、平均短期プライムレートに相当する運用利息分の利益を得たものであるとして、損害に当たらないとか、損益相殺により損害が填補されていると主張するが、被告の右主張は、単に、原告が延滞期間中に資金を手元に留保し、これにより利益を得る可能性があったことをいうにとどまり、現実に利益を得たことについては何ら主張、立証をしていないから、失当である。

(被告の主張)

(一) 原告主張の損害の発生は争う。

(二) 原告及び角田は、豊富な経済取引の経験と税務知識を有しており、節税のために講ずる対策が、一般に税務当局との間で軋轢を引き起こしやすいことは十分承知していたものであり、しかも、井部からは、前記のとおり、本件リース取引を行う前に、原告において顧問税理士や所轄税務署と十分に相談するよう指示を受けていたのであるから、右取引に基づく損害の発生については、原告ないし角田にも過失があり、過失相殺をすべきである。

(三) 原告主張の損害のうち延滞税等合計二一二八万四〇〇〇円については、原告は本来納税を行うべき日から実際の納付日まで、本来納付すべき納税額に不足する金員を運用でき、あるいは、その間他からの借入れをせずに済んだのであるから、延滞税等を支払っても、短期プライムレートの平均利率による運用利息相当分の利益を得たものというべきである。

そして、本件において、右プライムレートの平均利率は別紙「平均短期プライムレート計算書」記載のとおりであり、これにより、平成元年三月期及び平成二年三月期分における原告の延滞にかかる各税金額と本来納付すべき日から実際の納付日(平成三年二月二五日)までの間の日数に基づいて、その間の運用利息を計算すると、その金額は合計二六二三万三八三〇円となり、前記延滞税等の金額を上回るから、右延滞税等が原告の損害であるとは認められないし、あるいは、これを損益相殺により原告主張の損害額から控除するのが相当である。

なお、金銭については、一定期間留保すれば、実際に運用したか否かや、運用成績の如何にかかわらず、所定の利率に基づいた利益(利息)が発生すると考えるべきであるから、本件では、右運用利息による損益相殺の主張は立証されたものというべきである。

第三  当裁判所の判断

一  井部の勧誘及び説明内容と本件リース取引の問題点について

1  前記「争いのない事実など」の事実と証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

(一) 原告(昭和二五年四月設立)では、平成元年頃、好景気の中、多額の利益を上げていたため(なお、平成三年当時の売上高は約一四一億円)、同業者である訴外西村鋼業株式会社を通じて、被告とのリース取引による節税対策の件を聞いてこれに関心を持ち、原告の角田と被告の井部が原告の節税対策について色々と話合いをするようになった。

(二) 井部は、同年二月六日以降、角田に対し、被告が取り扱う節税対策用のリース取引の概要等について説明するとともに、当初には航空機やコンピューター等のレバレッジド・リースを勧めたが、角田は、同リースのことはかねてから聞き及んでいたものの、これは原告には不適当と判断して興味がなかったため、井部が紹介した、少額の減価償却資産である本件リース物件について関心を持った。

(三) 井部は、本件リース取引につき、別図のような仕組みの概要を説明するとともに、この物件が単価二〇万円未満の少額の減価償却資産であるため、法人税法施行令一三三条の適用により取得年度において取得価額全額を損金として算入できること、原告としては、リース料収入を得ることになるが、長期にわたっての益金になるため、取得年度における税の繰り延べができること、もっとも、先行して普及してきていたレバレッジド・リースに比べ、単年度償却であるという点で税務調査が厳しくなる傾向のあることなどを説明した。

(四) さらに、井部は、角田に対し、少額の減価償却資産によるリースバック取引のスキーム自体については、税務当局の了解(お墨付き)を得ていること、もっとも、この取引による税の繰り延べは、節税効果が大きいので、所轄税務署から調査を受ける可能性があり、これまでにも税務調査を受けた例があるが、税務否認されたことはなく、税務通達上も問題がないと考えていること及び将来、法改正があれば、この取引はできなくなるが、改正前の取引についてまで問題となることはないことなどを説明するとともに、原告においても、事前に自分で顧問税理士や所轄税務署と相談しておくことを再三にわたって勧めた。また、井部は、角田に対し、本件リース取引に関する試算表等を交付した。

(五) そこで、原告では、本件リース物件の取引の数量等が具体化する中で、原告の顧問である島田会計事務所の門田事務長に相談したところ、被告のような金融リース会社が税務当局と打ち合わせをした上で節税商品として販売するという以上、大丈夫であろうということであり、また、原告の社員岩本が、東京国税局の税務相談所に相談に出向き、一般的に、少額資産を大量購入して単年度で償却し、これをリースに出した場合の税務上の取扱いを尋ねたところ、「好ましいものではないが、税法上問題はない」との回答を得た。

なお、その頃、原告は、井部の指示に従い、原告の経理内容を明らかにするため、原告の過去の決算書を交付するとともに、本件リース取引の開始に合わせ、原告会社の目的の一つに「事務用機器のリース」を加えることとし、その旨の登記を了した。

(六) そして、原告は、それまでの井部の説明を信じ、被告との間で、平成元年度の納税申告を間近に控えた同年三月三〇日、同月一五日付けをもって第一次リース取引を行った。その当時、原告では、二億円程度の利益が見込まれるということであったため、取引額を一億五〇〇〇万円程度にするということになったものであった。

また、原告は、引き続き、井部と協議しながら、同年九月に第二次リース取引を、平成二年三月に第三次リース取引をそれぞれ行った。

これらの取引後、井部は、原告の経理担当者に対し、本件リース取引に関する具体的な経理処理の仕方についても指導を行った。

(七) ところで、本件リース取引の目的となった日本テレコム向けの電話回線自動選択アダブターのリースバック取引は、当時、被告のほか、訴外日本リース株式会社、住商リース株式会社及び三井リース事業株式会社の四社が取り扱っていたが、第一次リース取引の時点において、税務当局から税務否認され、問題となっていた事例はなかった。

(八) 被告では、かねてより、本件リース取引のスキームにつき、税務通達に抵触するものではないとの検討はしていたものの、税務当局に対して右取引について具体的に照会してその問題点の有無等の確認を求めたことはなかった。

(九) 被告は、平成元年以降、原告を含む合計三三社に対して本件リース物件のリースバック取引を行ったが、そのうち、税務調査を受けて修正申告をした会社が一社、更正処分を受けた会社が原告を含めて四社に及び、更正処分を受けた一社については、被告が、少額の減価償却資産の税務否認のリスクについての説明が十分でなかったということで、加算税及び延滞税の支払を負担することとした。

そうしたことから、被告は、平成二年一一月以降、右取引を自粛した。

また、他のリース会社においても、右取引について、その顧客が税務否認を受けるという例があった。

(一〇) 被告が行った右の各取引においては、一社当たり概ね一ないし二件程度の取引であり、取引価額としても一億数千万円にとどまるのに対し、原告の場合は、平成元年度において一件約一億五一〇〇万円、平成二年度において二件合計約四億四〇〇〇万円とかなりの高額に及ぶものであった。

2  以上の認定につき、被告は、井部の角田に対する前記説明の際には、本件リース取引については税務否認の可能性があるので、被告としては税務当局でないから、断定的なことは言えず、仮に原告が税務否認されたとしても、被告においてその損失や費用を負担することはでないなどと右取引に伴うリスクを十分に説明したと主張し、証人井部もこれに沿う供述をし、乙五号証にも同旨の記載がある。

しかしながら、証拠(<省略>)によると、本件更正処分等がされた後、原告と被告間で本件リース取引に対する税務否認の今後の対応と責任問題を話し合う中で(平成三年一一月)、井部が角田に対し、被告が東京国税局に対して少額の減価償却資産のリースバック取引のスキームの当否を照会した日につき、これを「平成元年初め」と説明したことが認められ、これによれば、井部が角田に対して行った当初の勧誘の際においても、右と同旨の説明をしていたことは十分に考えられるところであり、こうした事情と証拠<省略>を併せて考えると、井部は、角田に対し、既に税務当局から右スキームについて了解(お墨付き)を得ているとの話をして右取引の勧誘に当たった事実を認め得るというべきである。

また、被告は、当初から、井部が角田に対し、税務否認がされた場合の損失や費用の問題についても、それが原告負担であるとの説明をしていたとするのであるが、契約の勧誘をする者が契約締結の前からそこまで踏み込んだ話を顧客に対して行うことは通常はあり得ないものであるばかりか、<証拠>によると、井部は、前記責任問題についての話合いの当初には、被告にも勧めた側としての責任があるということを認める旨の発言をしていたことが認められ、右の時点においてさえそのような発言をする井部が勧誘時において被告主張のような説明をしたものとはにわかに考えられないのである。

それゆえ、井部が税務否認のリスクを強調して慎重な勧誘を行ったとする被告の主張及びこれに沿う証人井部の供述部分等は採用し難く、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

二  被告の責任の有無について

1  債務不履行責任

原告は、被告は節税目的の取引を勧誘し、これに基づいて本件リース取引を行った者として、原告に対して右取引に基づく納税申告が税務否認され、不利益な課税処分がされることがないようにすべき契約上又は信義則上の債務を負っており、その不履行があったと主張する。

しかしながら、右取引の内容はあくまで本件リース物件に関する売買契約及びリース契約の履行にあるため、原告の主張する被告の債務についてはその具体的な内容及び根拠の点において必ずしも明確でない点がある上、前記一で認定した事実関係によっても、被告が原告に対して右のような債務の負担を約したこと、あるいは信義則上そのような債務を負担すべきであるとするだけの事情を認めるまでには至らないし、本件証拠上、右事実を認めるに足りるだけの証拠はない。

したがって、原告の右主張は直ちには採用できない。

2  不法行為責任

(一) 前記一で認定した事実によると、井部は、被告では本件リース物件によるリースバック取引について具体的に税務当局に対して照会して確認したことはなかったにもかかわらず、原告に対し、少額の減価償却資産のリースバック取引のスキーム自体は税務当局の了解を得ている旨を告げたものであること、そのため、原告においては、被告では右取引についてこれまでに税務否認された例はなく、税務通達上も問題がないと考えているとする井部の前記説明と相まって、本件リース取引が税務否認されることはなく、問題なく節税効果を上げられると信じたものと認めることができる。

また、原告が行った本件リース取引は、被告が他の顧客と行った同一取引の内容と比較した場合、件数及び金額の点で大規模なものとなっているが、井部においては、原告から決算書の交付を得てその経理状況等を把握していたはずでありながら、本件証拠上、井部が第二次及び第三次リース取引を行うに当たり、原告の業績や利益の実情等をふまえて、妥当な取引の数量や金額等、さらには利益の圧縮幅について具体的な検討を行った様子は窺われないのである。

そして、この点につき、井部は、税務否認がされた後に原告の決算書を見た際、本件の取得価額の損金算入による利益の圧縮幅が大き過ぎると感じたので、「やり過ぎたのではないか」との印象を持った旨自認しているのである(<証拠略>)。

(二)  そうしたことからすると、前記のとおり、原告が被告との間で本件リース取引を行おうとしたのは何よりも節税効果を上げることにあったのであるから、井部としては、右取引を勧誘する者として、原告に対し、その事業の内容や規模、業績、当時の決算書上の経理状況等に照らして、本件リース取引に基づいて納税申告を行った場合の税務否認のリスクについて具体的に説明すべき義務があったにもかかわらず、前記認定のような説明を行ったにとどまり、本件リース取引についての税務当局の見解や税務否認されるリスクの有無等について十分な説明をしなかったものであって、その結果、原告においては、井部の話を信用し、前記のような見通しのまま、問題なく節税効果を上げられるものとして、妥当な取引の数量や金額等について格別検討することもなく右取引を行い、これに基づいて納税申告を行うことになったものといわなければならない。

そして、本件リース物件によるリースバック取引については、前記のとおり、原告以外にもいくつかの税務否認事例が発生しており、担当者の説明に基づき、税務否認されることはないとの見通しのもとに右取引を行った企業は原告だけではなかったのである。

以上によると、井部は、節税効果を上げることを目的としていた原告に対し、本件リース取引を勧誘するに当たり、税務否認されるリスクについて十分な説明を行わなかった過失があるというべきである。

(三)  この点につき、被告は、井部は原告に対して本件リース取引につき事前に顧問税理士及び所轄税務署と相談するよう要請していたと主張する。

たしかに、右事実は、前記のとおり認定できるものではあるが、井部がそのような要請をしたからといっても、同時に右取引のスキーム自体については税務当局の了解を得ているとの説明を行っていた以上、原告が、税務当局の了解を得ているとする井部の説明に重きを置くことはやむを得ないところであるから、右要請の事実をもって、前記説明義務違反があったとする前記認定判断を左右するものとはいえない(ただし、この事情は後記三2〔過失相殺〕において斟酌すべきものである)。

(四)  そのほか、被告は、本件リース取引について税務否認した本件更正処分等やその後の審査請求に対する棄却裁決の不当性をあれこれ論ずるが、右処分が取り消されずに確定している以上、処分として有効なものであることは論をまたないところであって、被告の右主張は失当である。

(五)  そうすると、被告は、井部の使用者として、民法七一五条に基づき、原告が本件リース取引を行い、これに基づく納税申告の結果として被った後記損害を賠償すべき責任を負うといわなければならない。

三  原告の損害額の算定について

1  原告が本件リース取引を行い、これに基づく納税申告を行った後、本件更正処分等に従って合計五〇〇五万一〇〇〇円の税金の納付を行ったことは前記のとおりである。

2  過失相殺

前記一及び二で判示したところに基づいて考えると、原告及びその担当者の角田は、本件リース取引当時、鉄鋼業者及びその取締役として豊富な取引経験を有し、税務対策についても色々な検討をしていたこと、原告では、平成元年当時の好景気の中で、利益の圧縮による節税を企図して右取引を行ったのであるが、その際には、井部の指示に従い、顧問の会計事務所や東京国税局の税務相談所に出向いて相談をしたところ、後者では「好ましいものではない」との返答を受けていたことが認められる。

そして、もともと、節税対策を講ずるといっても、節税効果を上げ得るか否かは、最終的には当該税務署の個別具体的な判断をまたなければならないという性格のものである以上、納税者側においても、自己の経理内容等に応じ、自ら十分な検討をして当該取引にのぞむべきことが要請されているのである。

右にみたところや、第二次及び第三次リース取引については、原告においても顧問の会計事務所と格別の検討をした様子のないことなどを総合して考えると、原告には、本件リース取引を開始してこれを継続し、これに基づくその後の納税申告が税務否認されて前記税金の納付を要するに至ったことについて、相当の落度があったというべきであり、これまでの全判示によると、右過失相殺の割合は五割とするのが相当である。

3  損益相殺等

(一) 被告は、原告が損害として主張する前記税金のうち延滞税等合計二一二八万四〇〇〇円については、本来納税を行うべき日に納付すべき金員を延滞しただけのことであり、原告はその分だけ平均短期プライムレートによる運用利息相当分の利益を得ており、右延滞税等は損害に当たらないし、あるいは、損益相殺により損害が填補されたものであると主張し、原告は右主張を争っている。

(二) たしかに、原告は、客観的には、本来納付すべき日に所定の納税をしていれば右延滞税等を納付することもなかったのであるから、その反面として、実際の納付日までの間は、本来の納税額に不足する金員の支払を免れており、その間は右金員につき何がしかの運用をなし得たものと一応考えることができる。

しかしながら、被告の前記主張は、右運用を当然に平均短期プライムレートによってなし得るものとする点について、十分な根拠を欠くものといわざるを得ない。

のみならず、証拠(<省略>)によると、原告は、平成二年度の納税申告後、同年八月頃から税務調査を受け、続いて本件更正処分等を受けたため、これに対して審査請求を行い、平成三年に右延滞税等を完納したのであるが、その間、右の事態に対する原告の対応の仕方については被告との間で綿密な協議を続けたこと、その際、被告は、原告に対し、修正申告に応ずるよりも、税務否認を受ける理由は存しないとして争うよう助言し続け、実際にも、審査請求手続において、原告の主張に沿った反論書作成や資料提出等の協力を行ったこと、さらに、井部は、その間、将来審査請求で負けた場合に納付が問題となってくる延滞税等の件を心配する原告に対し、井部個人の意見としながらも、その場合には被告が延滞税を負担すべきであると述べていたこと(<証拠略>)が認められ、また、現実に、被告が、本件リース物件の他の取引に関し、ある顧客に対して加算税や延滞税を負担した例のあることは前記認定のとおりである。

右の事実関係やこれまでに判示した原告と被告間の取引の経緯等に基づいて考えると、被告は、原告が税務調査を受けてからの対応について極めて深く関与した上、早期に修正申告を行って納税することには反対の意向を示してきたものであって、それが自己の行った本件リース取引のスキームの正当性への信念に基づくものであったにせよ、その結果として、原告に対しては不足分の納税行為を遅延せしめる大きな要因となったことは否定できないのであり、原告に対してそのような行動を採ってきた被告が、本訴に至るや、原告に対し、右延滞に伴い原告には延滞税等に見合う以上の資金留保による運用利息相当分の利益が生じているなどと主張して右延滞税等に相当する分の損害を争う旨の主張をすることは、信義則に照らし、容認できるものではないというべきである。

以上によると、被告の前記主張は採用の限りでない。

4  そうすると、原告は、被告に対し、不法行為責任に基づき、前記1の納税額合計五〇〇五万一〇〇〇円について過失相殺によりその二分の一を減じた二五〇二万五五〇〇円の損害賠償を求めることができるというべきである。

四  結論

よって、原告の本訴請求は、金二五〇二万五五〇〇円及びこれに対する被告に対する支払催告後である平成六年七月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官安浪亮介)

別紙<省略>

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